膿と罪悪感

穴掘って叫びたいこと

人がやたらと死ぬ物語は現実にあるのに、私はなぜ生きているのだろう

村上春樹やあだち充の物語は

やたらと人が死ぬ

何の前触れもなく、なんで殺す必要があるのかわからないように人が死ぬ

私はこの二人が好きだけど、それでも、うんざりするほど人が死ぬ

世の中にはやたらと人を殺して、盛り上げる話がある

だけど、それはなにも物語だけの話じゃない

今日はその思い出話

 

私が生きているこの現実も、やたらと人が死んでいた

短い期間通っていた大学の時、同じ年の友達がガンで死んだ

大学の学部の中で、同性が7人しかいなかったので、みんなでつるんでいたそのうちの一人が死んだ

若かったのであっという間だった

村上春樹のノルウェイの森の、歯を一本一本取り出して歯磨きしているんじゃないかと疑われていた突撃隊の様に

夏休みが開けたら学校に来なくて、死んでいた

とてもあっさりと死んでいった

 

高校卒業して、大学まで宙ぶらりん時期の間に

一緒にスキーに行ったり、毎週家に集まって飲み明かして仲良くなった友達が

朝起きたら心筋梗塞で死んでいた

もちろん、その間、私の3人のおじいちゃんとおばあちゃんも死んだ

 

高校の時は、ちょっと特別な思い出がある友達が、死んだ

彼はうつ病かなにかだった

仲の良い友達でも誰も彼が笑ったところを見た人がいない
そんな彼と、2年と少し(つまり3年)同じクラスだった

だけど私は彼が一度だけ笑ったところを見た事がある
それは私だけの秘密だった

だけど、その後すぐに彼は自・した

 

私と彼は唯一クラスがずっと一緒で最後の方は選択授業も一緒だった


ある時、席替えで私は窓側の一番後ろの席になり、彼は私の前の席になった

漫画のような配置だ
背の高い彼の背中に隠れるように内職が捗る場所にワクワクして登校した


そんなある日、彼が授業中に後ろを向く機会があった
なんでそんな機会があったのかは覚えていないが、授業中にみんなは前を向き、窓側に顔を向けたまま、私は多分、その時に初めて挨拶以外の言葉を交わした

そして、彼は笑った
窓の方を向いていたので多分その笑顔を見たのはわたしだけ

そう思ったら私は、三年目にしてやっと彼が心を開いてくれたんだなとじんわりしたのを覚えている

私は彼の特別な友達になれたような気がしていた


だけど、その後すぐに彼は学校に来なくなった


家に行っても会えず、先生も何も教えてくれなかった
彼が来ないまま、半年以上が経ち、そろそろ来ないまま、卒業だとなった時に初めて私は彼がもうこの世にいないことを聞かされた

お葬式は密葬だったらしく誰も参列していなかった

だけど、私はお母さんに話を聞く機会があって、彼が笑わなかった理由がその時初めてわかった気がした


彼は心が疲れていたのだ


彼のご両親は5年ほど前に離婚していて、幼い妹がいた

真面目で優しい彼は、お母さんと妹さんを自分が支えないといけないと思い、それがプレッシャーになっていたようだ


でも、うまく言えないがそれだけじゃない気がした


彼は自ら心療内科にも行っていた


誰もそのことを知らなかった

お母さんは忙しいし、心から友達と呼べる人はいなかったと感じていたようだ


なんでそんなこと知ってるかって
漫画みたいな話だけど、お母さんが日記を見つけて読んだらしく教えてくれた


そんなことを軽々しく私(達)にいうのはどうなのか少し疑問だったけど、
ずっと謎だった事がわかって少しスッキリしたのも事実だ

私たちがずっと謎に思っていたのは自・だった事実についてだ


そして、お母さんはこう聞いた


「あの子は学校でどんなふうに過ごしていましたか?」

私は答えられなかった

「仲の良い方かなと思ってた人にさえ笑顔は見せなかったですよ。それだけ追い詰められていたんですね」

そんな言葉を飲み込んで、曖昧に「優しかったです」なんて答えた気がする


私はその後、自分自身が何度も自・を考えた時期があった

その度に思う

彼の勇気を。

死は楽にしてくれるが、一歩踏み出すには並大抵の勇気では無理だと感じた


それでも踏み出した彼はどれだけ追い詰められていたのだろうか

生きるとは生きていること、ただそれだけなのに。

 

 

人はやたらと死ぬ

私が当時感じたのはそれだった

人はやたらと死ぬのに

何で私は死なないんだろう

そんなことを当時は考えていた

 

2021/3/29の記事。noteに書いていたのを移行してきました。