【捨】日記帳をやっと処分しました (少し追記

ずーと心にひっかかりつつも持っていました日記帳。


昔の自分を認めてはいますが、この日記は誰にも読まれたくない。

黒歴史というには少しネタすきる感じで、
まじめに、「あの頃の自分」には必要なものでした。



自分で言うのもなんですが、
何かを悟った小学六年生
そこから変わろうと始まった
中学入学式から毎日のように綴ってきたまさに心の叫び



20歳過ぎまで使っていました。
年に数回しか書かなくなってはいましたが。




それも、いつ死ぬかわからないのにずっと残っているのが心配で心配で。

やっと、処分できてスッキリしました!



なぜずっと持っていたかというと、
ただゴミに捨てるのが不安だったから。
自分で燃やすのは禁止されているので困っていましたが、

今回ちょっとした機会があり、燃やしてもらえることになったので立会いさせてもらいました。





今のチャランポランの自分が読み返すと
当時の自分の大人っぽさ?というか冷静さ?というか、悟りや達観は言い過ぎかもしれませんが、冷たさというか、に、純粋に感心してしまいます。


周りからもそう言われていましたが、
まあ年頃っていろいろ考えるんですねw




日記帳がなくなっても、日記をつけるきっかけの出来事も、
その日々でなにを感じたのかも要所要所記憶しています。


今の自分を許せる自分が出来上がった歴史も記憶しています。




旅日記の記事でもちらっと出ましたが、
自分の記憶に残っていることだけで充分ですね。

人間は忘れていく生き物だから
忘れることで正気を保っている


どこかで聞いた言葉。
どんな意味で使われていたのか覚えていないけど。
脳の話の先生の言葉かな?w




だから、記録が必要
でも、
だからこそ、日記帳も写真もいらない。
本当はブログもいらないんだけど、これは現在の為にやっていることだから。


未来の為じゃない。

って言ってみる!






これで安心。
最期は思い残すことは少ない方が良いですよね。
それを目指して生きています。


ちなみに健康です^^