海外で東日本大震災を海外で過ごし日本人という自覚が生まれた話
去年2011年は「日本人」ということをよく考える一年でした。
単純にフィリピン留学をしたことだけではなく、その最中に東日本大震災と大津波が起きたことが大きいと思います。
留学が終わり東南アジアで出会う人出会う人、さまざまな国の人と出会ったわけですが、第一声は「大丈夫?」という内容の言葉をかけてもらいました。
実際私は、あまり情報も得られずよくわからないのだけれでも、「あなたの家族や友人が無事でよかった」と言われました。
それから旅行者の中には、「寄付をしたよ」とはっきり教えてくれる人が多かったです。
中には結構まとまったお金を寄付してくれた人も沢山いました。
そして、もちろん現地のホテルの人や、屋台でちょっとお話なんかすると、もう津波の話ばかり。
逆にいえば、不謹慎かもしれないけど、
こんなに拙い英語しか話せないし(むしろ話せない)
たいして面白い人間でもなく
自分から輪に入っていくことをしなかった旅行
にもかかわらず、こんなに沢山の人と言葉を交わせたのは、あのひどい津波が起きたからなんだと思います。
みんな白人には用もないのに絡んだりしてるけど、同じアジア人の観光客にはあまり、ねw
それ以外にも、アメリカに行ったときとは違い、同じアジアといえどもかなりの違いのある東南アジアにお邪魔して、日本はなぜこんなにも発展したのか、あれははたして発展なのか、韓国人と中国人と日本人についてなどなど、いろいろと取り留めもなく考え、取り留めなかったので何も残ってません(おい)
一つ言えることは流行にのって「否定批判」する行為は大嫌いだ。
という事。